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ゆりゆりぐさ

要するにブログだな。

パラリンピック浸透のために考える

ニュース

熱戦の続いたリオデジャネイロオリンピック、そしてパラリンピックも終わりましたね。

皆様、その後睡眠はきちんととられているでしょうか?(笑)

 

今年はパラリンピックについて、例年以上に注目することの多い年になったように感じています。

どうやら以前よりも、関連番組を放送する時間が拡大されたようなのです。

実際、これまでNHKでは教育テレビでしか設けられなかったパラリンピック特集番組が、今大会からは総合チャンネルの方でも放送されるようになりました。

NHKアーカイブスの中でちらと聞いたのですが、これは2020年の東京大会に向けて、日本国内での認知度を高めていくための取り組みの一環だというのです。

私も職場で休憩中に、パラリンピックの特番を目にすることが度々ありました。

ゴールボールの試合(の、おそらくハイライト)を見ていて、聴覚のみを頼りに行われる駆け引きのアツさや、転がしとバウンドを織り交ぜたボールの巧みな投てきに、熱中して危うく時間を忘れるところだったのを覚えています(^^;)

 

こうした放送時間・枠の拡大であったり、障がいのある人を対象にしたパラリンピック種目の体験会など、いま様々な取り組みがなされていますが、

私はふと思いました。

いわゆる健常者と呼ばれる人達にも、こうした競技を体験できる機会が設けられれば、より社会全体で関心が高まり、パラリンピック、ひいては障がいのある方々への理解に繋がるのではないかと考えたのです。

実際に私はゴールボールの試合映像を見ていて、手に汗握り、引き込まれました。

また母は、ボールをいかに的に向かって正確に投げられるかを競うボッチャという競技の存在を知って「障がい者じゃなくても、例えば普通にお年寄りのレクリエーションにもいいかもしれない」と言っていました。

こうしてパラリンピックの競技を知って、少しでも何かしらの関心を持ったのは私たちだけではないでしょう。

これはせっかくのいい機会かもしれないのに「パラリンピック競技は障がいのある人が対象だから……」ということでブロックされてしまっては、それこそお互いの世界を理解し合うことも難しくなるでしょう。

もちろんたくさん課題もあります。目隠しして行う競技は危険が伴うので、簡単に体験というわけにはいかないでしょう。

しかし、体験できそうな競技選びであったり、初めてやる健常者の体験用にルールを緩和して安全確保のうえで実施…など、方法はいくらでも考えられると思います。

是非とも人類の英知を結集し、4年後また帰ってくる平和の祭典の理念が実現される世界になってほしいと、切に願わざるを得ません。

希望の風サティ 第5話「事件」

希望の風サティ

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魔法郷(マジェス・トピア)を救うカギとなる7つの魔石(サイン)を集めるため、ついに外界へ旅立ったサティ。最初に訪れた音楽郷(アニマ・トピア)で、既に何やら不穏な出来事が彼女を待っていた。

 

このマンガ「希望の風サティ」は、以前うごメモはてなという、はてなさんが任天堂のソフト「うごくメモ帳」と連携して提供していたサービスの中で、私が描いて公開していた同名のマンガを、リメイクしてお届けしているものです。

●これまでの『希望の風サティ』

 第1話  第2話  第3話  第4話

●キャラクター紹介

 魔法郷(マジェス・トピア)編   音楽郷(アニマ・トピア)編〈準備中〉

 

 

よっし!前回から1年経たないうちに第5話公開できた!(←

とはいえ楽しみにしてくださっている皆様、お待たせしてすみません…(><)

やっぱり仕事を始めると、制作時間は本当に限られたものになってきますね。。。

 

今回からついに、故郷マジェス・トピアを飛び出したサティの、勇気と希望の大冒険が始まりました!

音楽郷(アニマ・トピア)は、音楽をこよなく愛する、陽気でノリの軽い人々の多い、楽しい国なんです。本来は。

実は新章突入ということで、前うごメモ時代に作っていた資料ノートを見直したところ、あまりにアバウト過ぎて使えないという事態が起こり(!?)資料の作り直しにも結構な時間を持って行かれましたorz

ちなみに、これから外界編に登場予定の様々な国は、実在の色々な国・地域の街並みを参考に作っていきたいと思います。どこの国をモデルにしたのか、その世界でのエピソードが終わる回で発表していく予定なので、予想しながら見ていただいても楽しめるかと思います(^^)

また、音楽郷編に登場するキャラクターの紹介ページも後々設ける予定なので、それも楽しみにお待ちいただけると幸いです♪

 

ここまで見ていただき、ありがとうございました!

我が家のペット(お題スロットチャレンジ・9月)

お題「我が家のペット」

いつか紹介する時がくるかなとは思いながら、結局今になってしまいました(汗)

我が家で飼っているペットのワンコを紹介します!

画像はツイッターから!

 ハチと申します。

13歳オスの柴犬。人間年齢でいうともうおじいちゃんですね。

しかし今でも散歩に連れ出すと大喜びするし、気持ちが高ぶると部屋を猛ダッシュして暴れたりと元気そのものです。

家族の食事を欲しがったり、寝床を整えるとそこに悠々と我が物顔で乗ってきたりと、ふてぶてしいところもありますが、それもまた可愛いのであります♡

 私は犬派の人で、その中でも柴犬がとびきり大好きなのですが、

もしかしたらハチと長いこと暮らしていたせいかもしれません。

 実はハチが我が家にくる少し前、私の両親が離婚して母子家庭になりました。

当時の私は小学校高学年ぐらい。当時は離婚したことが分からず「お父さん、どこに行っちゃったんだろう…帰ってくるのかな…一緒に遊んだりしたいな…」と、何となく寂しい思いをしていた気がします。

そんな時にペットショップから我が家に貰われてきたハチ。彼が来てからというもの、我が家の雰囲気が少し良くなった気がするのを、今でも何となく覚えています。

にいらなんて当時は特にハチに首ったけでした。

今でも私が仕事から帰って来た後、ハチを撫でくり回していると、気持ちが穏やかになるのを感じます。

家族みんなの愛情を一心に受けて10数年。今ではすっかり家族の一員。

「もう自分がペットショップから貰われて来たこと、忘れてるんじゃない?」なんて冗談めかして言われるぐらいです。

我が家にとって、昔も今も救世主とも呼ぶべきワンコなのです。

寝てる画像ばかりになってしまったので、少し違うやつを。。。(^^;)

書籍か何かで、柴犬の寿命は平均で12~13年と聞いて、正直に言うと、ハチもそろそろそんな時期なのかなと思わなくもないです。

加えて、家族の平均年齢も徐々に上がってきており、もうペットを飼えるのはハチで最後ではなかろうかという話も聞かれました。

だから、今はとにかく思いっきり可愛がってあげよう。

後悔しないように、ありったけの愛情を注ごう。

そう思う今日この頃です。

 

   ―☆おまけ☆―

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こちらはトモダチコレクション新生活でのハチです。

トモコレ新生活だより vol.11(写真あり) - ゆりゆりぐさ より)

約1年ぶりに復活しようかな……トモコレ新生活だより^^

東山魁夷展レポ

創作・アート

今日は、九州国立博物館で開催されている特別展「東山魁夷 自然と人、そして町」を見に行って参りました!

テレビのコマーシャルやアート番組の中で度々この展覧会の宣伝を見て、紹介された作品の美しさに惹かれ「これ、見に行きたい!」と強く思ったのでした。

それがお盆前の話。

にわかに忙しくなり、お盆を乗り切り、仕事から疲れて帰る日々が続いてもなお「見に行きたい」という気持ちが治まることはなく、いつしか「これは、見に行かないと絶対後悔するやつだ!」と気づいたのでした。

 

東山魁夷は、戦後活躍した日本画家。

戦時中の訓練、家族との死別など人生の様々な苦難の最中に見た自然の美しさに心打たれ、以来自然をモチーフにした多くの名画を残しました。

作品の多くに青もしくはそれに近い寒色系が使われていることから「青の画家」とも言われているのだそう。

実際に90歳で没した魁夷絶筆作となった作品も、青と静寂の漂う世界でしたし、

私が見たたくさんの絵画の中でも、特に印象に残った絵画にはやっぱり何かしらどこかに青い色が使われていました。

 

そんな作品の数々を見て思ったのは、魁夷の作品は崇高な芸術でありながら、一方でどこか「上質な絵本」の一場面を見ているかのような温かみや優しさすら感じたことでしょうか。

どこか特定の場所で取材こそしていても、木の葉や石などの材質の細かい表現を抑え、時には余分な一部の建造物や地形を無くすことで、描かれた場所の象徴度を高めていたそうなのですが

描きこみ過ぎず柔らかく表現された風景の数々は、確かな色彩と相まって、より心象風景として心に迫りくるものがありました。

いつの間にか私の魂は身体を抜け出し、キャンバスを通り抜けた先にある、森の木々の葉擦れあう音、そこにさらさら流れる水の音を聞き、山地に吹く風の音や鳥の声を感じ、空気も凍てつく雪景色の中に佇んでいるのでした。

湖や霧の中で深呼吸すれば、少し湿っぽくひんやりした空気すら感じました。

どうやら私は絵を鑑賞する時、時代背景や作意などバックグラウンドを理解するよりも、ただ絵の世界にどっぷり入り浸るタイプみたいですね。。。( ̄▽ ̄)

 

しばし雄大な自然の旅を楽しみ美術館を出ると、すっかり心洗われた思いでした。

このところお盆の反動で休みが多い勤務が続いていましたが、

そんなちょっとした夏休みの、素敵な思い出ができました♪

好きなサウンドトラック(お題スロットチャレンジ・8月)

お題「好きなサウンドトラック」

このブログで自分の創作物を発表する機会もすいぶん減ってしまったので、そういうイメージをお持ちでない方も多いと思いますが……

本当は私、うごメモマンガ『希望の風サティ』を度々掲載させてもらうなど、創作大好きな者です。

時々そうした創作の最中、音楽を聞きながら作業することがあります。

サウンドトラックとは少し違うかもしれないのですが、インターネット上で自作の音楽を無料(フリー)で公開しているサイトがいくつか存在しており、そうしたサイトのほとんどが楽曲を自由に視聴できます。

それらを、自分が行っている創作の内容もしくは気分に合わせて選択し、再生しながら作業するのです。

私、創作の作業中はものすごく集中してしまうタイプなのですが、

内容にピッタリな音楽を、気が散らない程度に音量調節して流してやると、無音で作業する時よりも自創作の世界に入り込んで、内容を作りこめているんです。

映画やドラマといった映像作品には、場面に相応しい音楽や効果音が不可欠ですが、同じことが個人の創作活動にも当てはまっているんですね。

このような形でもやはり、音楽のもつ不思議な力を感じさせてくれます♪

 

ちなみにこの記事を書いているまさに今も、サウンドトラックを聞いています。

とある個人制作ゲームで使用された、フリー音楽素材を紹介する動画なのですが、

その個人制作ゲームの内容がとても素晴らしかったので、近々記事にさせていただく予定にしております。

よかったらそちらも読んでいただけると幸いです!(^^)

夕立雑感

自然・季節

皆さま、残暑お見舞い申し上げます。いかがお過ごしでしょうか?

私はつい昨日まで、お盆を挟んで8日間連続勤務でした。しかもお盆期間中は深夜に起きての出勤。。。

今のところ体調を崩していない自分が不思議です( ;∀;)

 

さて。

その昔、日本には「夕立」という日本語がございました。

この季節の夕方ごろ、突然ザッと降るにわか雨のことですね。時には雷や突風を伴うこともあるとか。

しかし皆さん、その言葉を最後に聞いたのはいつでしょうか?

たまにテレビの気象予報・リポートなどを見るとゲリラ豪雨という新語がすっかり台頭している印象です。

調べたところ「ゲリラ豪雨」という言葉が最初に使われたのは1970年代ごろの新聞であるということが分かったのですが、急に浸透したのは2000年代半ば以降です。

なぜ使われることが減ったのか。

ツイッターを見てみると、古来の美しい日本語が無くなることを危惧する声がある一方「あんな風情もへったくれもない降り方をする雨なんか、夕立と呼べない。呼んでたまるか」というような声も聞かれます。

雨の降り方・強さの問題なのでしょうか。

 

これは全くの個人的な意見なのですが……

にわか雨の類に風情を感じられなくなった原因の一つに、現代の暮らしが発達し豊かになったからというのがあるかもしれない、ということです。

実体験として、仕事中に近辺が雷を伴ったゲリラ豪雨に近しい雨に見舞われ、電気がストップしたことがあります。

その時の職場のてんやわんや具合ときたら……

「一部照明が消えた!お客様が驚いて混乱していないか?」

「レジが止まった!空いているレジにお客様を集中させないと!」

「商品冷却の装置は止まってないか?大事なデータは破損してないか?」

と、大部分のシステムが止まって大変なことになるわけです。

オール電化の家なんかも大変そうですね。もちろん災害時に備えた設備は整っていましょうが、それでも非常用設備が動いてくれる時間の限界はあるかもしれません。

数十年前、まだゲリラ豪雨という言葉が存在しなかった時代。電化製品やインフラもそこまで発達していない、ほぼ全てがアナログに近かった時代なら、おそらく電気がパチンと消えて

「おやおや、電気が消えたんじゃしょうがない。とりあえずうちわであおいで涼を取りながら、灯りが復旧するのを待とう」

…というぐらいで終わると思うのです。

人間が求め実現した利便性のせいで、かえって心の余裕を失い、困ることになる。

そう思うと、なんだか皮肉な話だな……。

 

まあ、あくまで私ゆりらという一個人の見解ですけどね(^^;)

何はともあれ、異常気象が起こらないに越したことはございません。

今年の夏も無事に過ぎてくれますように。。。

広島原爆の日に思う

ニュース

世間はリオデジャネイロ五輪開会で沸き立っていますが……

今日は忘れてはならない、広島に原子爆弾が落とされた日でもあります。

あの日も、今日のような暑い朝だったのかもしれません。

8時15分、その時がくるまでは。

 

今年の平和式典を、いつの年にも増して特別な気持ちで迎えた方々は多かったことと思われます。

今年5月にアメリカのオバマ大統領が、現職の大統領としてはじめて広島を訪問し、大きなニュースとなりました。

今朝ラジオで平和記念式典の中継を聞いていた時、当時広島で被爆したという女性がアナウンサーと一緒に出演されており、大統領の広島訪問にも話が及びました。

その時女性が語られていたことが、とても印象的でした。

おおむね次のような内容でした。

「私も父も、昔はアメリカのことが憎くて仕方がなかった。

けれど、あの時オバマ大統領が花を手向け祈る姿を見て、許せるような気がしました。

謝罪の言葉は無かったけれど、きっと国内・国外に気を使ってそうされたのでしょう。心の中では謝っていたのだろうなと、勝手ながらそう思います」

 

この女の人は原爆で全てを失った当時、元凶となったものに対してどんなに大きな憎しみや絶望を抱きながらその後の人生を生きてきたのだろうかと思うと、胸が張り裂けそうになります。

そんな彼女の口からそのような言葉を聞いて、人は変われる、やり直せる存在なのだと強く感じました。

今年の出来事で、世界のあり方を変えていこう、そして核兵器を無くそうという機運は、いつになく高まっていることと思います。

誰も不条理に死ぬことのない、平和な世界を望んでやみません。

 

過去の悲劇と過ちを忘れないことは大事です。

でも、過去に縛られ過ぎず、お互いを許して新しい関係を作っていくため前向きに歩みを進めていくことがもっと大事なのではないかと思う、8月6日の私でした。