ゆりゆりぐさ

要するにブログだな。

「落ち込んでいる暇はない」

世の中にはそんな言葉がありますが、

昔、まだ世間のことをよく知らない学生だった頃は、それはこの世で最も不幸なことの1つだとさえ思っていました。

「落ち込む気持ちも、大事な自分の一部。そんな自分の心さえも自由にできないなんて」と感じていました。

 

でも社会に出て働き始めると、失敗して落ち込むことのほうが多くて、ろくに務めが果たせない自分のことが何度嫌になったか知れません。

そんな仕事において私は、時間を区切って2つの部門の仕事をこなしています。朝からはメインの部門で仕事をし、夕方からのもう1つの部門での仕事に間に合うように何でも終わらせなければいけません。

まさに「落ち込んでいる暇がない」のです。

メインの部門での失敗から「あれはこうすれば良かったんだな、次は気をつけよう」「これは今初めて知ったからな、次からしっかりやろう」とある程度答えを得たなら、もう気持ちを切り替えて次の部門の仕事に臨みます。

やがて、これは意外と思ったほど不幸なことじゃない、むしろ場合によっては幸せなことなんだと思うようになりました。

悩みから心を楽にする方法の1つが、悩みの種から距離を置いてみること。

ずっと悩みに憑りつかれてどっぷり落ち込んでたら、心も身体もズタボロになって最悪死んじゃったりしますからね。。。

 

落ち込みから回復するのに人一倍時間がかかってしまう自分ですが

浸かりすぎず、退けすぎず、気持ちのさじ加減を見ながらうまく付き合って生きていくのが一番だと、今は思います。

もう1つのグッバイ

前回のエントリーで、うごくメモ帳3D作品投稿コミュニティ向け最後の投稿作品を紹介させていただきましたが、

実はつい昨日、タイトル通りもう1つ「グッバイ」がありました。

それは……

 

今の職場との別れでした。

3月半ばに異動が発表されまして、私は2年間勤めた今の職場を離れて、別の店舗で勤務することになりました。

昨日は最後の仕事を終えてから、職場内で会う人会う人に「今日までお世話になりました」の挨拶をして回りました。

いつもいつもそそっかしくて失敗ばかりして、キツめに叱られることも珍しくなく(最終日にもちょっとしたしくじりがありました汗)正直、仕事における自己肯定感なんてあったもんじゃない自分でしたが

異動が発表された時は「ゆりらちゃんがいなくなったら、ウチの作業場回らなくなるかもしれないから大変だわ。。。」と言われたり、

昨日は挨拶した他の従業員さんから「向こうでも頑張ってね」「たまには来てね^^」と温かい言葉を数多くいただきました。

こんな私でも、歯をくいしばって頑張り続けて、実は皆さんのお役に立てていたんだと改めて感じることが出来ました。

私もしかしたら、見てない所でうるうるしてたかもしれません(ノД`)・゜・。

 

今はただ、新しい職場でもめげずに、一日一日少しずつでも進歩できるように頑張ろうという思いを噛みしめています。

最後のうごメモ作品「グッバイ My dear うごメモライフ」

数日前ですが、任天堂の「うごくメモ帳」作品投稿のための有料オンラインサービス・ワールドうごメモギャラリーに、すっごく久しぶりに作品を投稿してきました!

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タイトルに「グッバイ(Good-bye)」とある通り、ワールドうごメモギャラリーにアニメ作品を投稿するのはこれが最後となります。

というのも、来月の2日……来月といってももうすぐ、あと数日ですね。ギャラリーのサービスが終了するのです。

ニンテンドー3DSソフト『うごくメモ帳 3D』「ワールドうごメモギャラリー」サービス終了のお知らせ|サポート情報|Nintendo

そこで、今までに投稿した4つのアニメ作品に登場したキャラクター達に総登場していただき、今までの歩みを振り返ることをコンセプトに制作しました。

このブログにも、その4作品を掲載しております↓

yuriyurigusa.hatenablog.com

一番古い作品ともなるともう5年くらい前になるんですね。久しぶりに当時のキャラクターを描いてみると、画風がかなり変わっていたり、中には「ここ形ハッキリしないな?!人体の構造理解しないで描いたな?!」なんてツッコミを入れたりもして、自分の技術の変化を感じました。

 

サービスが開始されて間もない2013年10月から、細々と作品を投稿し続けてきた私。

その頻度は決して多い方ではありませんでしたが、作品を見ていただいたり、逆に私が見に行ったことがきっかけで仲良くなった方も少なからずいらっしゃいます。

前のうごメモはてなでたくさんの出会いや思い出があったのと同じように、今作うごメモ3D、そしてワールドうごメモギャラリーでも素敵な出会いや思い出が生まれました。

そんな場を提供してくださった任天堂様、そして出会ってくれた方々に感謝をこめた作品に仕上がっていれば幸いだと願わずにいられません。

 

さてさて。実はこれ……

未完成なんです。Σ(; ・`д・´)Σ(゚Д゚;)

本当は前後にさらにシーンがあって、ギャラリーに投稿した作品には音楽がついてたりするんですけど、制作ペースなどの諸事情あって今紹介できるのはこれだけなんです。

間に合わなかったシーンを追加し音楽もつけた、いわゆる完全体の作品を早ければ4月終わりごろ、遅くても5月中を目標に、YouTubeの自分のチャンネルで公開したいと思って制作がんばっております!

公開されましたら、このブログでも報告させていただくと同時に、ここで書ききれなかったうごメモへの思いなども語っていこうと思います。

頑張りますので、引き続き応援いただけると嬉しいです!

Miiファイター物語で泣いた話

ちょうど2ヶ月ほど前、YouTubeのゲーム実況グループ・漫言放語研究所(以下:研究所)で開催されたイベント「お絵描き祭り2017」にてアナログイラスト部門大賞をいただいたことを当ブログで報告させていただきましたが

yuriyurigusa.hatenablog.com

今回はその研究所の、特に強烈な印象を受けたとある動画について書かせていただこうと思います。

初めて見たのはもう何年も前でしたが、ようやく今になって感じたことをきちんと言葉にまとめられそうだと思って記事にさせていただく次第です。

 

任天堂のゲーム「大乱闘スマッシュブラザーズfor WiiU」の映像を織り交ぜながら製作された紙芝居風オリジナルストーリー動画シリーズ『Miiファイター物語・勇者と契約の剣』です。

ざっくりとあらすじを紹介すると、突然王国に現れ「世界を滅ぼす」と宣告した魔王を倒すべく、王子ルシオン(演:研究所のメンバー・ルシオンさんご本人)が冒険の旅に出るという、冒険ファンタジーの王道そのものといったストーリーです。

最初の方はかなりユルめのギャグ調で話が進んでいきますが、中盤あたりから魔王よりもはるかに凶悪な者たちが暗躍を始め、序盤で活躍したキャラクター達が次々にいなくなり、世界の秘密が明らかになり、物語は深みに向かって急傾斜していきます。

そんなMiiファイター物語の中で、特別に私の心を強く捉えて離さないエピソードがあります。

第10話「TRAGEDY」という回です。

※動画を貼っておきますが、グロテスクなシーンを含みますので苦手な方はくれぐれもご注意を。。。


【手描きスマブラWiiU】Miiファイター物語・勇者と契約の剣~第10話『TRAGEDY』

このエピソードの主役は、主人公ルシオン王子に道中で何かと助力してきた、聖剣の守護者・タケコEX。

世界で見受けられた良からぬ予兆に胸騒ぎを感じて、同じく守護者で双子の妹・トシコDXがいる封印の谷へと向かいますが、妹は既に邪悪な者たちの手に落ちていました。

妹を助けようと果敢に挑むも返り討ちにあうタケコEX。そしてあろうことか、妹は身体を操られて、姉を殺そうと襲いかかってきます。

瀕死の重傷を負い、一時は動かなくなるタケコEXでしたが、幼き日に妹と交わした「いなくなった両親の代わりにアタシがお前を守る」という約束を思い出して再び立ち上がり、彼女の身体を操っていた頭の矢を抜くことに成功します。

が…時すでに遅く、妹トシコDXの命は今にも尽きようとしていました。彼女は最期に「私、姉さんの妹に生まれてこれてよかった。アンタは私の自慢の姉だ」と言い残し、姉の腕の中で絶命。王冠を残して消えてしまいます。

約束を果たせなかった姉タケコEXは、泣き叫ぶより他ありませんでした……。

 

この話を初めて見た時は、私も泣けて泣けてたまりませんでした。

傷ついた妹を助けてあげられなかった姉タケコはどんなに悔しかっただろう。そして、不条理の中で死んでいった妹はどんなに苦しかっただろう。誰も救ってあげられない2人の悲しみに、何度見てもその度に胸を強く締めつけられました。

このシリーズは2年ほどの間休止していたのですが、昨年夏に制作が再開。それを機に1年近くぶりにこの話を見返した時、それまでと違う感じ方をしました。

妹・トシコが死の間際、わずかに微笑んでいたのが心に留まったのです。

命を弄ばれ、傷つけたくない姉を傷つけ、それでも命がけで自分を助けてくれた姉を1人残して、自分はもうすぐいなくならなければならない。

悔しい、悲しい、やりきれない、無念、絶望……そんな言葉を百も千も並べたところで、彼女の胸の内に巣食ったものを表現するのは不可能な気がします。

そんな時に彼女は、静かに笑っているのです。ただただ、助けてくれてありがとう、姉さんの妹でよかった、今まで本当にありがとう、と感謝し続けるのです。

なんて強くて優しい人なんだろうと思いました。生半可な心の強さではありません。仮に自分が似たような目にあったら、きっと最後まで全てを恨み続けるかもしれません。

以前このブログで扱った、谷山浩子さんが人魚姫を取り上げながら書いたエッセイの中に「どんなに理不尽でも、押しつけられた不幸から抜け出して幸福になるためには、自分の縮こまった心を自分自身で大きく広げていくしかないのです。」という内容がありましたが、この話のトシコさんはそれを本当によく体現していると感じました。

彼女は悲しき弱者なんかじゃない。強く優しい心を持った守護者として、最後まで立派に生き抜いていったのです。

もしも、こんな彼女にただ1つでも救いがあったとするなら、最期の瞬間が、大好きなお姉さんの記憶に満ちていたことかもしれません。せめてそうであってくれと思わずにいられません。

 

このエピソードの最後、激しい憎しみに駆られ「殺してやる・・・!」と叫ぶシーンを最後に、姉タケコEXの消息は分からなくなります。

彼女は、今どこで何をしているのか。。。

 

 

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最期のシーンに寄せて描き、ツイッターにて公開したイラストです。

動画の作画では目を閉じていた彼女でしたが、自分の受けた印象のままに描いてみると、わずかに目を開けた表情になりました。

せめてその時が訪れる前に、少しでも姉の姿を感じていてほしい、と描いている間に思っていたのかもしれません。

ダンサー・大前光市さんの生き方

突然ですが読者の皆さんは、昨年の紅白歌合戦はご覧になりましたか?

その紅白歌合戦にて平井堅さんの「ノンフィクション」という歌のパフォーマンスに出演されていた、義足のダンサー・大前光市さんのことをご存じでしょうか?

昨日・今日と続けて、私はその大前さんのドキュメンタリー番組を2つ見ました。

www6.nhk.or.jp

できないと思う心が障害―義足のダンサー リオパラリンピックに挑む― ハートネットTV

大前さんは極貧生活を乗り越えダンスの道を志すも、15年前、憧れた舞踊団の最終オーディションに挑もうとしたまさにその矢先、暴走車にはねられる事故で左足を切断。

しかしそれでも、片足義足のダンサーなんて通用しないという周囲の偏見にも負けず、自分にしかできない表現、人を感動させる表現を模索し、今や世界中で活躍を続けています。

そんな大前さんが、リオパラリンピックの閉会式、そして紅白歌合戦の舞台に向けて、最高のパフォーマンスを作り上げるためにあらゆる挑戦をしていく記録でした。

 

変な話かもしれないのですが、いつしか障がいだの義足だのといったことをすっかり忘れて、純粋に大前光市さんという一人の表現者・ダンサーとしてそのパフォーマンスを堪能し、それが完成するまでの道のりを見つめる自分がいました。

「義足なのに」「片足で大変でしょうに」という意識は、一切消え去っていました。

夢や目標を抱いてそれを追う人達は皆、どこかで挫折を経験し、そこから這い上がって希望を見出し、自己実現していくのです。間で何が起こって何を見出すのかという過程は人それぞれ。義足というのもきっとあくまでその一例でしかないのでしょう。

今日見たハートネットTVの再放送の中で大前さんは「言い訳を作ってしまう自分が障害」と語っていましたが、表現者たる自分にとって一番の大敵は諦め妥協する自分であって、義足はハンディキャップでも何でもないのだという強い信念・覚悟を感じました。

「障がいがあって可哀想」とか「障がいに負けずに頑張ってて……」という類の意識を私たちはなぜ抱いてしまうのか、そんな考えがかえってそうした人達を不幸にしているのではないか、今一度見つめ直さなければと強く思った次第なのでした。

 

NHKスペシャルの方のドキュメンタリーの最後、大前さんは自分と同じように、片足が義足という男の子と出会い「君、ダンスは好きかい?俺の2世にならないか?」と声をかけていました。

大前さんがステップを踏んで見せるのを、くりくりした瞳で見つめていた男の子は、あの時何を感じていたのでしょうか。。。立派に生きていってほしいものです。

高校の友達と再会しました!

皆様、お寒うございますね。体調など崩されていないでしょうか?

私は今日、高校時代の友達と3~4年ぶりに会って来ました!

彼女とは3年間同じクラス。勉強も放課後のひと時も、何をするにも一緒でした。

大学生時代に一度会ったのですが、それ以来です!以前は私の大学がある街まで来てくれたのですが、今回は私が彼女の地元である隣町まで出陣して参りました(`・ω・´)

電車の駅で待ち合わせをして、ラインで連絡を取り合っていたのですが、声をかけてくれるまで彼女と分かりませんでした(><;)ゆりらさんあるあるです↓↓

「来てくれてありがとう!案内したいけど、こっち何も無いからなぁw」などと言って笑っていた彼女。結局私たちはその友人の車で市内を走り、ゲームセンターで少しばかり遊び、カラオケで3時間歌ったり食べたり、最後に少し買い物をして帰りました。

ゲームセンターもカラオケも、高校時代にクラスメイトの皆と行ったことがある場所だったので「ここ、皆と来たよね!」「○○くんがUFOキャッチャーでいっぱい景品取ってたんだよね~アレはびっくりしたわ!」と懐かしさがこみ上げて来ました。

取り立てて変わったことをしたわけでもございませんが、その間本当にお互いの身の上話に花が咲き、色々な情報交換が出来て有意義な時間を過ごせました♪

 

今日その友達との再開を通して思いを馳せたのは、必然的かもしれませんが「変わる」ということでしょうか。

彼女は高校卒業してからというもの、結婚→離婚、さらには統合失調症という病気にもなり、今はドクターストップで仕事ができない状態だと言いました。

私が大学生活に勤しみ、ようやく仕事に慣れようかという今日に至るまでの間に、彼女の方は波乱万丈いろんなことを経験してきたのだなと、びっくりしました。

今日会った彼女が私の記憶の中とは違った、大人の女性という風な雰囲気を醸し出していたのもそのせいかもしれません。

「○○ちゃんは噂だけど、東京にいるって話だよ」とか「○○くんパパになったんだって、信じられんね~!」等々、変わっていくクラスメイトの話をたくさん聞かせてくれた彼女。

なのに私全然変わってないや~。。。と言った時でした。彼女は私に一言。

「ゆりらちゃん変わったよ!痩せた!てか小さくなった!」と(←

まぁ確かに家族にもご近所さんにも「痩せたね」って言われるけどもwww

とはいえ、変わったり追いついたりするために焦っても仕方ないような気もするので、今は来たるべき変化の時に備えて自分を高めることを大切にしようかと考えます。

 

実は今日、同窓会の相談も兼ねて会ってくれたという彼女。

「みんなと連絡とって、いつか同窓会しようね!」と言って別れました。

いつか高校の同窓会やりたいものです。

明けましておめでとう2018

皆様、若干おくればせながら明けましておめでとうございます!

もう平成も30年なんですね~。平成1ケタ生まれの私ゆりら、どんどん昔人間になっていくなぁ~と戦々恐々としております(←せんでいいわw

今年も例によって年末年始商戦、深夜出勤で頑張りました。。。( ;∀;)

先ほど近所の神社に初詣に行ってきたのですが、私が出かけている間だけ晴れていて、今はなんだか曇っています。こりゃどういうこったい?!(笑)

 

さっそく今年の抱負といいますか、意気込みをば。。。

2017年に出来なかったブログ記事での1年振り返りがまともにできるぐらいには、ゆりゆりぐさ更新がんばってみたいですね。

昨年の当ブログ更新回数を調べてみたところ、16回でした。頻度としては、月に1回、多くて2回といった感じですね。

あまりに書かなすぎて、年始にどんな記事を更新していたか忘れる始末。。。(汗)

学生時代のブログでは年に60回とか70回とか更新していたのですが( ゚Д゚;)

ただ、頻度もさることながら、一番はやはり内容でした。

思い返して読み返してみると、身の周りの出来事、自然の移ろいや社会のニュース、心動かされた芸術作品、時には失敗談や悩み事までとっても素直に、幅広く色々なことについて書いていたのですね。なんか、生き生きしてて瑞々しいです。

自分自身や身の周り、世の中のことについて見つめて考えること、文章を綴ることは、学生だった自分にとって何かしらの大きな力になっていたように思っています。

その気持ちを思い出して、月最低2回は更新したいと思っています。

そのためにも心がけたいのは……

●もっと自分の心境あるいは世の中の動きに関心を持つ。

●情報収集したり、気になった芸術作品にはどんどん触れてみたりする。

●今まで忌避してきた仕事での出来事や考えたことについても書いてみる。

コンディションとかの関係で達成できない時があるかも分かりませんが、極力そうならないように!

あと、手軽な発信で虜になっていたツイッターですが、あまり本ブログおよび抱負達成の敵と思わずに(笑)連動してどんどん活用しようと思っています(^^)

また皆様のブログにもゆったりとお邪魔させていただくつもりなので、見かけた時はよろしくお願いします♪

それでは、今年が皆様にとって良い一年になりますように。。。