ゆりゆりぐさ

要するにブログだな。

お絵描き祭り2017に参加しましたレポ

このブログで度々紹介させていただいています、YouTubeで活動中のゲーム実況グループ「漫言放語研究所」では、2015年から毎年、視聴者さんが参加するイベント動画企画を開催しています。

その名も「お絵描き祭り」!

毎年発表されるテーマに沿って視聴者さんから作品を募集し、動画内で発表。優秀な作品にはテーマ別や審査員個人ごとに賞が与えられます。

お絵描き大好きな私は当然ながら黙っていられず(笑)今年もバッチリ参加させていただきました!このイベントの前身となるハロウィンイラストコンテストから3年連続の参加となります。

 

今年のお絵描き祭りの動画を紹介いたしましょう!↓

私の応募作品は8:19ごろから登場します。


【漫言放語研究所】お絵描き祭り2017

今年のテーマが去年からさらに増えて「ハロウィン」「クリスマス」「秋」「冬」「ぼくの考えた最強被検体」の5つになっておりました。

私が選んだのはハロウィン。

研究所の皆さんの動画がきっかけで生まれたキャラクター達が、童話をテーマにみんなで仮装したというイメージで描かせていただきました。

昨年のお絵描き祭りで描いた運動会のイラストに「見ていると元気が出る」という感想をいただけたことが忘れられず、今年も自分の良さを大事に、見た人を明るい気持ちにさせる絵が描きたいと思っておりました。

その運動会の絵には学生時代のわくわくした気持ちを込めたので、今年は更に時を遡り、絵本やら小説やらのファンタジーに心躍らせた小学生やそれ以前、小さい頃の自分を思い出しながら絵を考えました。

有り体に言うと、趣味に走ったとも。。。(笑)

仮装したキャラクターの衣装を考えるのがとても楽しかったですね♪自分のうごメモマンガのことも含めて、本当に自分はメルヘンとかファンタジーとか、そんなのが好きなんだなと思いました。

 

 

さて、今年の結果ですが……

 

 

 

 

 

 

 

おととし以来のアナログ部門大賞をいただいてしまいました!

これでなんと3年連続の受賞、そしてV2となったわけですね(゚∀゜;)いやはや恐れ多い。。。

「塗りが本当に素晴らしい」「研究所への愛を感じました、感謝感激!」等々たくさんお褒めの言葉をいただけて、これからもっと素敵な絵が描けるように頑張りたいと思えました!なんだか私の方が元気をいただいた感じがしております。

研究所の皆さん、今年も素敵な企画をありがとうございました!

抱負達成!?動画投稿しました!

私、今年一発目の記事で「YouTubeへの動画投稿に挑戦する」という抱負を書かせていただいたのですが……
yuriyurigusa.hatenablog.com

先日ついに、それを成し遂げました!

それが、こちらです!↓


うごメモMV 塵塵呪詛

このブログでも紹介したことのある音楽クリエイター・きくおさんのボーカロイド曲「塵塵呪詛」に、ニンテンドー3DS用のソフト『うごくメモ帳3D』でアニメーションをつけ、AVI形式で出力してそのまま投稿したというやつです。

元々このアニメーションは、うごメモ3Dの作品を投稿・共有するコミュニティ「ワールドうごメモギャラリー」向けに制作したものです。

漫画『希望の風サティ』をはじめ色々な物と並行していましたし、制作以外にも公私ともに色々あったため、2年以上かかってしまいました(汗)

音源に合わせてタイミングを計りシンクロさせる映像作りは、初めてだったと思います。それまでの無音で話を描くのとは違った大変さがありました。

それでも、かなり自分のイメージに近い物ができた気がします♪特に自分では「妖精の踊る~塵になる」の辺り、黄色いキャラクターの動きの表現が上手くできたと思って気に入っています(^^)

投稿については、初めてなので本当に何も分からない手探りの状況で、YouTubeガイドブックにかじりつきながら、ド緊張でパソコンと向き合っていたものです。

どうにか投稿までこぎ着け、いつも見ているウィンドウで自分の動画が再生されているのを見た瞬間は「あ、あ、本当に私、投稿したんだ……」と、一人動揺まじりで興奮していたものです(笑)

感想としては、音質・画質が今一つかなぁという感じではありますが……(汗)

それでも、憧れの動画投稿者様が数多くいらっしゃる中、新米ながら自分もその仲間入りを果たしたような、高揚感がありますね。

これからも2作目、3作目と挑戦してみたいと思っています!

またその時はお知らせするつもりですので、こんな私ですが、よかったら応援してやってください!

谷山浩子さん「真夜中の図書館」を読んで

秋もすっかり深まって参りましたね。

秋といえば色々ありますが、今回は読書の秋と銘打ちまして、私の愛読書を1冊紹介させていただきます。

真夜中の図書館

真夜中の図書館

 

私の大好きなシンガーソングライター・谷山浩子さんが、アートの通信教育講座・講談社フェーマススクールズの会報誌に連載していたエッセイを本にまとめたものです。

古今東西の名作を、本やら漫画やら歌やらゲームやらジャンルを限らずに幅広く取り上げ、それを通してご自身の創作やものの感じ方についてあれこれ語られています。

ちょうど私が講座を受講していた頃にずっと連載していたので、載る度にわくわくしていたものでした。谷山さんのファンタジックな世界が好きなので、ご自身がそれまでに触れてきた作品達から何を受け取りどう感じていらっしゃるのか、一般的な名作案内とは一味も二味も違うそれらのお話を、毎回とても面白く読ませてもらっていました。

そんな珠玉のお話がたくさん詰まったこの本は、自分にとって「心の宝石箱」とでもお呼びしたい1冊です。

特に心に残っているお話を2編、抜粋して紹介してみたいと思います。

 

幸福になれる心の在り方 ―アンデルセン『人魚姫』

人魚のお姫様が人間の王子に恋をし、大きな犠牲を払って人間になったものの、恋叶わず最後は泡になって消え、その魂は神様に祝福され天に昇っていくという有名な童話ですね。

私自身も小学生の時、この物語に感銘をうけて図工の時間に作った版画の題材にしたほど、心惹かれた童話の1つです。

しかし谷山さんは若い頃、この物語を読んでやりきれない気持ちでいっぱいになったそうです。こんなものは何の慰めにもならない。自分だったら王子に全てを分からせて、泣いて謝らせたい、と怒りさえ覚えたというのです。

そんな当時を振り返りながら、谷山さんは次のように語っています。

確かにこれはひどい話です。

でも、人生の中で理不尽な不幸を押しつけられた時、相手を責める怒りや悲しみの心にずっと支配され続けるとしたら、その小さく縮こまった心が傷つけるのは、他者ではなく自分自身でしょう。

どんなに理不尽でも、押しつけられた不幸から抜け出して幸福になるためには、自分の縮こまった心を自分自身で大きく広げていくしかないのです。

この言葉は、私の人生観や創作観に大きな影響を与えてきた、そしてこれからも与え続けるような気がします。

誰かのせいにしない。恨むこと、憎しむことを止めて、感謝する。相手の幸せを心から願い続ける。それがきっと、心を押し広げ、強く清らかに生きるということ。それを成し遂げたから人魚の魂は最後、神様に祝福されたのでしょうか。

私たちが出来たならきっと、この世界はたちどころに色鮮やかな楽園のように感じられるのかもしれません。自分も他人も不幸せにしない、そんな生き方のできる自分でありたいと思いました。

世界なんていう物は、案外自分次第なのかもしれないのでしょうね。。。

 

私は世界が好きな「淋しい子ども」 ―みんなのうた『雨の遊園地』

雨降りの遊園地に女の子が一人、傘の中ですずめとお話している……という情景を歌った、みんなのうた1962年の放送曲です。

谷山さんは数あるみんなのうたの曲の中でもこの歌が特にお好きなのだそうで、みんなのうたのラジオ特番に出演された時にこの曲の紹介を聞いて「大好きでした!」と声を弾ませていました。

決して明るく楽しい歌とは言えないながら、淋しさとともにどこか温かさを感じさせるこの歌。雨降りの風景を「灰色」とかではなく「ねずみ色」と表現するのが、なんだか懐かしく感じられます。そういえばお絵描きに使っていたクレヨンやらクレパスにも「ねずみ色」と書いてありました。

雨好きの人の多くは、子どもの頃から雨好きだったのではありませんか。

それはつまり、淋しさをたっぷりと知っていた子どもだった……(中略)人よりも余計に孤独と向き合うことの多い子どもだったということなのでしょう。

そういう人は、絵を描いたり、お話を作ったり、自然に何かを作るようになります。

淋しい子どもは(淋しい大人とは違って)世界が大好きだから。

そしてたぶん、淋しい子どもは、年齢が大人になっても、やっぱり淋しい子どもです。

この話を読んだ私はつい「これは私の話だ!」と思ってしまいました。

晴れの日も良いけど雨の日の方がなんとなく好きで、なかなか友達が作れなくて、気がつくといつも何かを描いたり作ったりしていて、心の中は自分を慕ってくれる誰かへの思いでいっぱいで、世界が好きな、大人の姿をした子どものような自分。

ああ、自分はこの話で語られている「淋しい子ども」そのものなんだな、と思わずにいられませんでした。

そんな自分が、この歌を嫌いになるわけがないな、と改めて思います。

 

この他にも本当にたくさんの素敵なお話が、きらきら輝いて本の中で待っています。

谷山さんの世界に興味がある人、何かしら創作活動をしている人、自分の中の子どもの自分と上手く付き合いたい人などなど。是非ご一読を。

私のように「これは自分の話だ」と思えるエッセイ、あるいは名作との出会いがあるかもしれませんね♪

ミートピアから考える「Miiもの」の魅力

仕事の合間に絵を描いたり、時にはゲームにもいそしんだりしている今日この頃。

今回は私が今、猛烈にハマっているゲームのお話です♪

Miitopia(ミートピア)

Miitopia(ミートピア)

 

自分や誰かにそっくりな人間のキャラクター・Miiが、勇者や王様、魔王がいたりする、『ドラゴンクエスト』辺りを思わせる王道ファンタジー世界を冒険するRPGゲーム。

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最大の持ち味は、その主人公やら仲間やら魔王やらといった登場人物の役を、なんと全て自分の好きなように配役できてしまうこと!

自分を主人公に、友達を仲間に、好きなあの人をお姫様に、そして魔王は……限りなく自由な自分だけの物語が楽しめるというわけです!

私はもちろん自分を主人公に、身近な人や好きなキャラクター、『トモダチコレクション新生活』(以下:トモコレ)の住人などを配役して遊んでいます♪^^

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私は同じようにMiiが主役のゲーム「トモコレ」なんかも大好きでたくさん遊んでいるのですが、なぜこんなに自分はMiiのゲームが好きなのだろうとふと考えました。

Miiもの」とでも呼ぶべき作品たち特有の面白さとは、いったい何なのでしょうか?

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基本見守り、時々ちょっかい

このゲームは、フィールドの移動や戦闘がほぼ全て自動で行われます。

予想外の出来事がどんどん起こります。

攻撃しようとすると手助けやはさみうちに馳せ参じてくれたり、大技を決めてほしいのに普通に攻撃したり、ダメージを受けた人に「だいじょうぶ?」と声をかけたり、ケンカ中の仲間が敵を巻き込んで大ゲンカを始めたり……書き始めるとキリがありません。

プレイヤーは「○○グッジョブ!」とか「おいおい何やっとんねん?!」などと思うわけです。

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プレイヤーが出来ることといえば、魔法の粉をふりかけてサポートしたり、道中の宿屋で部屋割りや食事といった世話をやいたり。(ちょっかいとかお節介とも言う)

これは、島で巻き起こる人間ドラマを覗くように楽しみ、たまに悩み解決やプレゼントで島の住人をお世話する「トモコレ」の流れとよく似ています。

「見守り」と「ちょっかい」という2つの要素とその絶妙なバランスが、こうしたMiiものの面白さの肝になるのかもしれません。

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現実と同じでも正反対でも、面白く愛おしい

このゲームでは自分や仲間のMiiに、性格を設定することができます。それによっても色々面白いことが巻き起こります。

例えば慎重な性格だと「ちょっと待って…」としっかり準備して攻撃しようとしたり、天然な性格だと敵と遊び始めたり、マイペースな人だと味方の後ろに隠れて攻撃をかわしたり。

これが自分の知っている人だと「○○さんならやりかねない!」と笑えること請け合い。

逆に自分の知る限りで仲の悪い2人が共闘したり、仲の良い2人がいがみあったりすると「おぉ、こんな2人見たことない…」と、それはそれで面白いことになるわけです。

冒険仲間以外にも、例えば王子と貴族の男の子がお姫様を取り合いなんていうドラマも満載!もちろん自分が面白いと思う人で楽しめます(^^)

何が起きても許せて楽しめてしまうことも、Miiものに欠かせない大切な持ち味だと感じています。

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ゲームによってはプレイヤーの代理を表すただの顔アイコンのような扱いを受けることもあったMiiですが、「トモコレ」やこの『Miitopia』の盛り上がりによって、今や意思を持つ1キャラクターとしての地位を確立しつつあるように思います。

これからこの「Miiもの」の面白さが、より多くのゲームファンを魅了してくれることを願ってやみません。

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↓気になった方はこちらの公式紹介映像もご覧になってみてください♪↓

www.youtube.com

ししゃものつくだ煮

最近我が家の食卓には、子持ちししゃものつくだ煮が時々上がります。

一匹を丸ごとそのままつくだ煮にしてあるのです。

頭はちょっとゴメンナサイして(飼い犬がおいしくいただきます)尻尾からお腹の方へ2~3口で食べ進めるのが自分流。

ほどよい甘辛さとプチプチした卵の食感のおかげで、ご飯が進みます。

 

つい一昨日、母が「これもししゃものつくだ煮なんだけど、食べてみる?」と、べつのメーカーの物を差し出してきました。

それは子持ちの1匹丸ごとではなく、身だけを開きにした物でした。

それを食べた私は、ふっと考えてしまったのです。

「美味しいっちゃ美味しいけど、なんか、ししゃも食べてるって感じがしないなぁ……やっぱ、子持ちの方が好きだなぁ。。。」と。

直後、自分ししゃもに怒られそうだなと思いました。

お前は卵しか見てないんかい!?もっとししゃも自体を味わえや!!って具合に……(>_<)

 

「何事も、本質を大切にすべきだ」という話を聞いては、その度に激しく同意するのですが、実はめちゃくちゃ難しいことだったんですね。

頭では分かっても、実際は無意識のうちに見た目とか目が行きやすい特徴に囚われてしまっている。

それは他人事じゃなかった。私だって同じだったんだ。

 

という、何でもない日常の中での出来事でした。

もしまた、あの開きになったつくだ煮が食卓に上ったら、今度はししゃもそれ自体そのものの味をしっかり堪能して差し上げようかな。。。

九州北部豪雨レポ

今月5日頃から、私の住まう地域で断続的に大雨が降っています。

おかげ様で私ゆりらの自宅は、何の被害も受けていません。ただ、自宅の裏の小さな川が氾濫し、一時そこら一帯が湖のようになりました。

特に降水量が多く甚大な被害が出た朝倉という所は、私の住まいから1kmほどしか離れていない、よく知っている対岸の隣町なので、報道で大変なことになっていると伝えられる度に絶句しています。

この記事を書いている今日は雨も小康状態で、ヘリが飛行する音がひっきりなしに聞こえています。二階の自室から朝倉方面の山を見ると、山崩れの跡がそこかしこに見えていて、いかにすごい雨だったか思い知らされます。

 

働き始めてからこうした災害は初めて経験したのですが、思わぬ形でその被害を痛感することになりました。

降り始めた日に店内の作業場の一部に水が入り込み、排水や掃除のために従業員みんなで駆け回る大騒ぎになりました。

その日は大雨を理由にいつもより早く閉店になりましたが、帰ろうとする時間帯に次々と避難指示やら川の氾濫危険水位越えなどの情報が入り続け、車で帰るのに相当ヒヤヒヤしていました。

そして前述のとおり自宅裏が湖と化していたため、自宅に帰りついても車を車庫に入れられず、空き地に止めさせていただいていました。

翌日なんとか安全を確認して出勤したものの、他の従業員さんの話題は「○○さんが大雨で道が通れなくて来られないらしい」とか「△△さん、実家の家族と連絡が取れなくなっているらしい」といったことで持ち切りでした。

自分の部門にも雨のために来られないパートさんがいたため、その方の代わりに休日出勤し(代休の予定無し)4日から昨日まで一週間出ずっぱりでした。身体がなんとなく重いです。

家が流されたという同期の女の子がいて、彼女は怪我も無かったようですが仕事を辞めざるをえなくなってしまったと聞きました。

高速道路が使えないために多くの車が一般道に集中しているので、しばらく渋滞に悩まされながら出退勤する日々が続きそうです。

最近、喪服のような礼装のお客様を見かける度に「ああ、もしかして今度の豪雨で家族や親戚の方を亡くされてしまったのかな。。。」と考えてしまいます。

 

被災地は山の中にある地区も多く、人命救助や支援の活動は難航しています。ヘリでの活動にも限界があります。一刻も早い道路や交通網の復旧が待たれます。

少しごちゃごちゃとしてしまいましたが、私の状況を伝えさせていただきました。

時々、晴れ間や青空が見えることもあります。元気です。

ノスタルレジア

一昨日、私の勤務先のスーパーで、レジの機械が新しくなりました。

聞くところによれば手間が軽減されて会計が早くなり、なおかつレジの台数が減るので人手のやりくりに余裕が出来るとのこと。

それに伴い、機械の入れ替え作業が行われました。

 

新しい機械を入れるためには、当然ですが古い機械を止めて出さなければいけません。

中のお金を全て回収し、最後の精算作業をさせていただきました。

一日を終える時に何度も何度もやってきたその作業を、その機械でやることはもう無くなるのです。

ふいに、途方もない寂しさを感じました。

実は私はレジの作業が大変苦手で、違算を出したり商品の登録を間違えたりして、その度に色々な人に迷惑をかけてきました。

なかなかミスが減らない自分が情けなくなると同時に、レジの機械をなんとなく恨めしく思うこともありました。

なのに。

来た時から相手をし続けたそれが、もうここから無くなると実感した瞬間、妙に名残惜しくて愛おしささえ感じてしまったほどなんです。可笑しな話ですが。

それでも夜のうちに入れ替えなければいけませんから、最後にレジを閉める作業をする間「お疲れさまでした。バイバイ」と心の中で機械に語りかけました。

そして「許されるなら、もっとゆっくり丁寧に閉めればよかった。。。」なんて考えてしまったのです。

機械の方は何も考えてないかもしれない。もしかしたら「さんざん厄介ごと起こしてくれたくせにwな~に言ってやがるwww」なんて嘲笑していたかもしれない。

それでも、私だけでもそう思ってあげられるなら。

少しは今までの激務の疲れが報われるだろうか。

 

憎たらしくてたまらないと思っていたはずの他者を、もう一度、あるいは初めてでも愛してあげられる可能性を持っているのが、私たち人間なんですよね。きっと。

たとえそれが、別れの間際のほんの一瞬だったとしても。