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ゆりゆりぐさ

要するにブログだな。

東山魁夷展レポ

創作・アート

今日は、九州国立博物館で開催されている特別展「東山魁夷 自然と人、そして町」を見に行って参りました!

テレビのコマーシャルやアート番組の中で度々この展覧会の宣伝を見て、紹介された作品の美しさに惹かれ「これ、見に行きたい!」と強く思ったのでした。

それがお盆前の話。

にわかに忙しくなり、お盆を乗り切り、仕事から疲れて帰る日々が続いてもなお「見に行きたい」という気持ちが治まることはなく、いつしか「これは、見に行かないと絶対後悔するやつだ!」と気づいたのでした。

 

東山魁夷は、戦後活躍した日本画家。

戦時中の訓練、家族との死別など人生の様々な苦難の最中に見た自然の美しさに心打たれ、以来自然をモチーフにした多くの名画を残しました。

作品の多くに青もしくはそれに近い寒色系が使われていることから「青の画家」とも言われているのだそう。

実際に90歳で没した魁夷絶筆作となった作品も、青と静寂の漂う世界でしたし、

私が見たたくさんの絵画の中でも、特に印象に残った絵画にはやっぱり何かしらどこかに青い色が使われていました。

 

そんな作品の数々を見て思ったのは、魁夷の作品は崇高な芸術でありながら、一方でどこか「上質な絵本」の一場面を見ているかのような温かみや優しさすら感じたことでしょうか。

どこか特定の場所で取材こそしていても、木の葉や石などの材質の細かい表現を抑え、時には余分な一部の建造物や地形を無くすことで、描かれた場所の象徴度を高めていたそうなのですが

描きこみ過ぎず柔らかく表現された風景の数々は、確かな色彩と相まって、より心象風景として心に迫りくるものがありました。

いつの間にか私の魂は身体を抜け出し、キャンバスを通り抜けた先にある、森の木々の葉擦れあう音、そこにさらさら流れる水の音を聞き、山地に吹く風の音や鳥の声を感じ、空気も凍てつく雪景色の中に佇んでいるのでした。

湖や霧の中で深呼吸すれば、少し湿っぽくひんやりした空気すら感じました。

どうやら私は絵を鑑賞する時、時代背景や作意などバックグラウンドを理解するよりも、ただ絵の世界にどっぷり入り浸るタイプみたいですね。。。( ̄▽ ̄)

 

しばし雄大な自然の旅を楽しみ美術館を出ると、すっかり心洗われた思いでした。

このところお盆の反動で休みが多い勤務が続いていましたが、

そんなちょっとした夏休みの、素敵な思い出ができました♪

好きなサウンドトラック(お題スロットチャレンジ・8月)

お題「好きなサウンドトラック」

このブログで自分の創作物を発表する機会もすいぶん減ってしまったので、そういうイメージをお持ちでない方も多いと思いますが……

本当は私、うごメモマンガ『希望の風サティ』を度々掲載させてもらうなど、創作大好きな者です。

時々そうした創作の最中、音楽を聞きながら作業することがあります。

サウンドトラックとは少し違うかもしれないのですが、インターネット上で自作の音楽を無料(フリー)で公開しているサイトがいくつか存在しており、そうしたサイトのほとんどが楽曲を自由に視聴できます。

それらを、自分が行っている創作の内容もしくは気分に合わせて選択し、再生しながら作業するのです。

私、創作の作業中はものすごく集中してしまうタイプなのですが、

内容にピッタリな音楽を、気が散らない程度に音量調節して流してやると、無音で作業する時よりも自創作の世界に入り込んで、内容を作りこめているんです。

映画やドラマといった映像作品には、場面に相応しい音楽や効果音が不可欠ですが、同じことが個人の創作活動にも当てはまっているんですね。

このような形でもやはり、音楽のもつ不思議な力を感じさせてくれます♪

 

ちなみにこの記事を書いているまさに今も、サウンドトラックを聞いています。

とある個人制作ゲームで使用された、フリー音楽素材を紹介する動画なのですが、

その個人制作ゲームの内容がとても素晴らしかったので、近々記事にさせていただく予定にしております。

よかったらそちらも読んでいただけると幸いです!(^^)

夕立雑感

自然・季節

皆さま、残暑お見舞い申し上げます。いかがお過ごしでしょうか?

私はつい昨日まで、お盆を挟んで8日間連続勤務でした。しかもお盆期間中は深夜に起きての出勤。。。

今のところ体調を崩していない自分が不思議です( ;∀;)

 

さて。

その昔、日本には「夕立」という日本語がございました。

この季節の夕方ごろ、突然ザッと降るにわか雨のことですね。時には雷や突風を伴うこともあるとか。

しかし皆さん、その言葉を最後に聞いたのはいつでしょうか?

たまにテレビの気象予報・リポートなどを見るとゲリラ豪雨という新語がすっかり台頭している印象です。

調べたところ「ゲリラ豪雨」という言葉が最初に使われたのは1970年代ごろの新聞であるということが分かったのですが、急に浸透したのは2000年代半ば以降です。

なぜ使われることが減ったのか。

ツイッターを見てみると、古来の美しい日本語が無くなることを危惧する声がある一方「あんな風情もへったくれもない降り方をする雨なんか、夕立と呼べない。呼んでたまるか」というような声も聞かれます。

雨の降り方・強さの問題なのでしょうか。

 

これは全くの個人的な意見なのですが……

にわか雨の類に風情を感じられなくなった原因の一つに、現代の暮らしが発達し豊かになったからというのがあるかもしれない、ということです。

実体験として、仕事中に近辺が雷を伴ったゲリラ豪雨に近しい雨に見舞われ、電気がストップしたことがあります。

その時の職場のてんやわんや具合ときたら……

「一部照明が消えた!お客様が驚いて混乱していないか?」

「レジが止まった!空いているレジにお客様を集中させないと!」

「商品冷却の装置は止まってないか?大事なデータは破損してないか?」

と、大部分のシステムが止まって大変なことになるわけです。

オール電化の家なんかも大変そうですね。もちろん災害時に備えた設備は整っていましょうが、それでも非常用設備が動いてくれる時間の限界はあるかもしれません。

数十年前、まだゲリラ豪雨という言葉が存在しなかった時代。電化製品やインフラもそこまで発達していない、ほぼ全てがアナログに近かった時代なら、おそらく電気がパチンと消えて

「おやおや、電気が消えたんじゃしょうがない。とりあえずうちわであおいで涼を取りながら、灯りが復旧するのを待とう」

…というぐらいで終わると思うのです。

人間が求め実現した利便性のせいで、かえって心の余裕を失い、困ることになる。

そう思うと、なんだか皮肉な話だな……。

 

まあ、あくまで私ゆりらという一個人の見解ですけどね(^^;)

何はともあれ、異常気象が起こらないに越したことはございません。

今年の夏も無事に過ぎてくれますように。。。

広島原爆の日に思う

ニュース

世間はリオデジャネイロ五輪開会で沸き立っていますが……

今日は忘れてはならない、広島に原子爆弾が落とされた日でもあります。

あの日も、今日のような暑い朝だったのかもしれません。

8時15分、その時がくるまでは。

 

今年の平和式典を、いつの年にも増して特別な気持ちで迎えた方々は多かったことと思われます。

今年5月にアメリカのオバマ大統領が、現職の大統領としてはじめて広島を訪問し、大きなニュースとなりました。

今朝ラジオで平和記念式典の中継を聞いていた時、当時広島で被爆したという女性がアナウンサーと一緒に出演されており、大統領の広島訪問にも話が及びました。

その時女性が語られていたことが、とても印象的でした。

おおむね次のような内容でした。

「私も父も、昔はアメリカのことが憎くて仕方がなかった。

けれど、あの時オバマ大統領が花を手向け祈る姿を見て、許せるような気がしました。

謝罪の言葉は無かったけれど、きっと国内・国外に気を使ってそうされたのでしょう。心の中では謝っていたのだろうなと、勝手ながらそう思います」

 

この女の人は原爆で全てを失った当時、元凶となったものに対してどんなに大きな憎しみや絶望を抱きながらその後の人生を生きてきたのだろうかと思うと、胸が張り裂けそうになります。

そんな彼女の口からそのような言葉を聞いて、人は変われる、やり直せる存在なのだと強く感じました。

今年の出来事で、世界のあり方を変えていこう、そして核兵器を無くそうという機運は、いつになく高まっていることと思います。

誰も不条理に死ぬことのない、平和な世界を望んでやみません。

 

過去の悲劇と過ちを忘れないことは大事です。

でも、過去に縛られ過ぎず、お互いを許して新しい関係を作っていくため前向きに歩みを進めていくことがもっと大事なのではないかと思う、8月6日の私でした。

よく口ずさんでいる曲(お題スロットチャレンジ・7月)

お題「よく口ずさんでいる曲」

スロットを回してこのお題を見たとき、近頃よく口ずさむようになった曲があることをすぐに思い出しました。

これまた以前ブログで紹介したことのある物の二番煎じにはなりますが。。。(汗)

yuriyurigusa.hatenablog.com

こちらで紹介した「ガムシャラ☆グッデイ」という曲です。

BSフジで放送している「beポンキッキーズ」に当時新しく登場したキャラクターのテーマソングとして放送されました。動画サイトの公式チャンネルでも聞けます。

 

スピッツの話をした時と若干重なるのですが……

この記事を書いた当時からも「素敵な曲だな」とは思っていたのですが、実は働き始めてから余計にその思いが強くなっているのです。

実はこのところ仕事で、力不足のために度々失敗をしてまして……(;´Д`)

自分では全力で一生懸命やっているのに、ほんのちょっと一瞬しでかした何かのために全部おじゃんになってしまう。

「ちゃんと頑張ってるのにな……」が通用するのはあくまで学生までと頭では分かっていますが、ミスが発覚する度にめげそうになります。

そうして落ち込み気味の時、ふとこの曲のイントロが流れ出すわけです。

そして以下は、一番心にくるサビの一節。

〈♪ガムシャラに頑張っても/上手くいかない日もある/でも何度でも朝はめぐる〉

ああ、自分は努力しててもちゃんと出来ない時っていうのはあるんだな。と思うと、いい意味で諦めがついて、必要以上に自分を責めずに済むのです。

と同時に、時間は「過ぎてくれる」し「過ぎていってしまう」ものだから、落ち込むのもそこそこにしておいて明日また頑張ろう。と思えるのです。

自分を慰め、励ますために無意識に歌っているのかもしれません。

 

子ども向けに作られたものでも、大人も一緒にいいなと思える作品って素敵ですね。

私もそんな物が作れるクリエイターさんに憧れます(^^)

普段見ないけど、本当は好き…?

テレビ

すごくお久しぶりの更新となってしまいました~!(; ・`д・´)

このところ仕事のシフトが結構きつくて、休日もブログ更新する気力がないという日が続きました。スミマセンね(><)

 

さて。今回はそんな私の、職場での一幕の話です。

仕事の合間の昼休み、休憩室に行くと、他のパートさんが備え付けの小さなテレビでドラマを見ていることが多いのです。

見られているのは、今大いに賑わっている連続テレビ小説とと姉ちゃん」や、刑事もののようなサスペンスドラマの類ですね。

私は普段まったくテレビドラマなんて見ないはずなのに、それらが始まると、何となくテレビ画面から目が離せなくなってしまい、話の展開を気にしてしまうんです。

そしてすごくいい所でお昼休みが終わってしまい「あ~あの事件どうなっちゃうんだろう?!続きが気になる~!」とモヤモヤしながら仕事に戻るのです(笑)

 

「自分は、テレビドラマはさほど好きではない方である」と思い込んでいました。

実際自分から進んでテレビのチャンネルをドラマに合わせることもありません。

でも、いざドラマが放送している所に居合わせてみると、そうやってのめり込む自分がいることに気づいて、実は自分はドラマが好きなんだと心底驚きました。

きっと、自分がマンガを描いていたり物語を考えたりするのが好きだから、無意識のうちに(自分の創作の参考にしたい……)と考えてしまうのかもしれません。

思わぬ形で自分の新しい一面を発見したという、そんなお話でした。

 

 

ところで…

とと姉ちゃん」のモデルになった方が実際に創刊した雑誌「暮しの手帖」に、以前このブログで取り上げた影絵作家・藤城清治さんが影絵の連載で関わっていたことに気づいてからというもの、

そのうちドラマに、藤城さんモデルの芸術家みたいな人物が登場しないかしら?と、ささやかな期待をしていたりするのでした(^^)

環境問題と人間のあり方

ニュース 自然・季節

7月1日付けのニュースです。

マサチューセッツ工科大学などのチームが、南極に存在するオゾン層の破壊を表すオゾンホールがこの15年で400万平方キロメートルあまり縮小し「オゾン層が回復の兆しを見せている」と発表しました。

オゾン層は太陽からの有害な紫外線などを吸収し、地球の生態系を守ってくれるものですが、フロンガス等の影響で破壊が進んでいると言われ、1987年に採択された「モントリオール議定書」の中では、フロンガスの排出規制が強化されました。

日本の昭和基地人工衛星などから得た観測データをもとに解析・比較したところ、9月のオゾンホールの大きさが、ピークであった2000年から400万平方キロメートルほど回復してきたとのこと。世界規模で進んだオゾン層保護の取り組みが一定の効果を挙げているのではないかと言われています。

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2015年10月にオゾンホールの大きさが過去4番目の大きさを記録するなど、まだまだ予断を許さない状況ではありますが、地球は少しずつ回復に向かいつつあるようです。

 

というこのニュースを見た時、私は感動で震え上がりました。

「地球の環境を守るなんて、簡単なものじゃないと思っていた……本当に世界規模で一致団結すれば、この大きな地球をいくらでも良くすることができるんだ!」という希望を持つほどでした!

環境問題については小学生の頃から折に触れ学ぶ機会は多かったのですが、正直なところ規模が大きすぎて「個人でできることはあるかもしれないけど、大きな国が好きにやっていたらどうにもならない、悪くしかならないよ」としか考えられないのでした。

オゾン層の問題も、そうして学習してきた環境問題の1つ。

しかし、その一つがこうして解決の兆しを見出されたことで、私の環境問題観は大きく変わることとなりそうです。

世界中が本気で一つになれたなら、きっともっと色々な環境問題も解決できる。酸性雨も、水質汚染も、生態系の変化も、地球温暖化も。。。

だから、そのためにも、まずは自分がもっと積極的になろう!

命を謳歌できる、たった1つの惑星を守るために。

 

 

  ~ニュースソース~

www3.nhk.or.jp

www.hazardlab.jp